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島田 孝夫

独立行政法人地域医療機能推進機構
桜ヶ丘病院 院長

体力勝負は不利と、 最終的に医師を選びました。

─医師を目指したきっかけは?

 「4歳の時に、交通事故で左関節を切断したんです。こんなエピソードがあると、『身体の不自由さから医学の道を目ざした』というように思われるかもしれませんが、残念ながら、そうではありません。医師との接点はその時以外ほとんどありませんでしたし、第一、片脚が義足になったからといって、私のやんちゃぶりは止むことはなく、友だちたちと元気いっぱいに遊んでいました。

 ただ自分の進路を考えた時、体力勝負となる仕事はできないと思いました。同時に、育った田舎から飛び出したいとも考えました。この両方を同時に満たすのが、東京にある大学の工学部への進学でした。そして、思い通りに、能登の田舎から東京のど真ん中へ移ることになったわけです。見るものの全て、やることの全部が、楽しくて仕方ありませんでした。当然、学校は二の次で、ほとんど行っていません。学生生活だからといって、そんな愉快な毎日が続くほど甘くはありません。1年生の時の年末ぐらいに大学側から呼び出されて、『このままでは退学』ですと、早々にクビ勧告を突きつけられました。怠けて辞めさせられたとなれば、親父に怒鳴られます。何か上手い手がないかと考えた末に思いついたのが、医師という新しい進路でした。私が進んだ東京慈恵会医科大は、1~2年の教養課程は調布の校舎です。本学のある新橋だった、また羽目を外していた可能性も否定できませんが、東京といっても郊外ですから、前の大学の轍を踏むことなく勉学に取り組MWました」。

 「その時々の状況を楽しむこと」が、島田先生の信条だそうです。

医学部で待っていたのは、尊敬できる2人の先生たちとの出会いでした。

─医学部での生活は、どうでしたか?

 「新しい知識に出会い、どんどん吸収していく。どんなジャンルに限らず、おもしろいものです。今でもそうですが、特に当時の医学は、物理などとは違って、はっきり解明されていない部分も少なくありませんでした。そこがまた、私には魅力的でした。

 そして何より、医学部に進んだことで、本当に尊敬できる2人の人物と巡り会うことができました。その一人が、内科学・内分泌を専門に研究されていた阿部正和先生で、後に東京慈恵会医科大学長に就かれた方です。内科の研修で、わずか1回の講義を聴いただけで、阿部先生の人柄の素晴らしさや医学に対する懸命さが強烈に伝わってきました。その瞬間に、『この先生と一緒に勉強したい』と思ったのです。小さいときから友人は少なくない方でしたが、そのつきあい方は誰に対してもイーブンというのが私の流儀でしたし、人との関係で『とてもかなわい』と感じたことはありませんでした。しかし、阿部先生は違いました。『とても超えることはできない』という、スケールの大きさを感じました。

 もう一人は、放射線を専門にされていた川上憲司先生です。私は、核医学といって、アイソトープなどを用いた検査法の分野で賞をいただいたことがありますが、そのきっかけとなったのが川上先生との共同研究でした。お二人に出会い、教えていただいたことだけでも、医学部を選んだ価値があったと思っています」。

 医師としての骨格を作る大切な時代に、二人の尊敬できる人物と出会いました。

治療の中で生まれる、 患者さんとの共感が一番の喜びです。

─医師になって良かったという思い出は?

 「医師になって40年以上になりますから、いろいろな思い出があります。その中でも、一番インパクトが強かったのは、27歳の時のことでした。その患者さんは、一流大学を卒業して大手商社に勤務するというエリートでした。病名は白血病。今でこそ骨髄移植で助けることができるようになりましたが、当時は不治の病です。その方も脾臓の肥大などがあり、とても難しい状態でした。その患者さんは、いろいろな気持ちが交錯していたからでしょうが、担当医である私に対する態度はいつもけんか腰で、『どうせ治せないんだろう?助からないなら、ないと言え』と怒鳴らんばかりでした。でも当時は、告知はしないという時代。言えるのは、『最大限のことをやるから、私を信用してくれ』ということだけです。もちろん言葉だけではなく、全身全霊を傾けて治療に当たりました。しかし、それでも及ばないことがあります。助けることはできませんでしたが、その方が亡くなる4~5時間くらい前にベッドサイドに呼び出されて、『ありがとう。あなたに診てもらって感謝している』と言ってくれました。言葉で端的に言いあらわせませんが、命がけの治療の中で、医師と患者さんの間に共感できるものが育っていく喜びを、初めて感じた経験でした。

 糖尿病で人工透析をしようとしたら、『何をするんだ』と立てないはずの身体で立ち上がって怒鳴りかかってきた患者さんもいました。私も『あなたの命を助けたいだけなんだ』と負けません。真剣勝負です。命をかけて向き合わなければならないのです。こんなやりがいのある仕事に就けて、本当によかったと思います」。

 罵倒から始まっても、その後に理解しあえる喜びもある。そのためには、ごまかさないこと。それが島田先生のモットーであり、医師として最も大切なことだと言います。

60数名の非常勤医師で 救急医療をサポートしています。

─院長として、3つの医療を病院の使命に掲げていますね。

 「当院は、平成26年4月に独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO/ジェイコー)グループの一員となり、新しいスタートを切りました。JCHOは全国にある57の病院で構成するグループで、地域医療、地域包括ケアの要として、超高齢社会における地域住民の多様なニーズに応え、地域住民の生活を支えることを第一義としています。私どもの病院は、この理念をもとに3つの使命を掲げています。

 第一が、救急医療への貢献です。当院のモットーは『患者さまは断らない』ということで、清水医師会、市立清水病院、清水厚生病院との協力のもと、365日24時間体制で行っています。これを継続するためには医師不足の解消が必須ですが、現在、当院には、私の母校である慈恵会医科大学の大学病院を中心に60名以上の医師が非常勤で勤務してくれています。夜間診療というのは体力的にとても厳しい面があり、若い先生たちが持つバイタリティが、救急医療の現場には欠かせません。

 また、当院で対応できない分野の入院治療や手術を必要とする二次救急、そして一刻を争う三次救急については、静岡市葵区、駿河区の病院とも広く連携をとって対応しています。この時に必要となるのがトリアージ(識別救急)の能力ですが、当院には、どんな救急患者でも診断治療ができるジェネラリストであり、第三次救急病院を正しく速く選択できるスキルを持った、日本プライマリ・ケア連合学会認定の総合診療医が6名勤務しています」。

 院内の人的資源の充実と、開業医との病診連携、病院間の病病連携により、地域の救急医療を支えています。

地域包括ケア病棟を中心に 高齢者医療に取り組んでいます。

─二つ目に高齢者医療の取り組みをあげています。

 「この数年間の年齢による人口構成比の変動を見ただけでも、高齢社会がアップテンポで進んでいることは明らかです。今の時代、高齢者に対して安心・安全な医療を提供できなければ、地域医療に貢献できる病院とは言えません。当院では、平成27年に40床程度の地域包括ケア病棟を作りました。急性期病棟での治療によって症状が改善し、安定した後に経過観察や退院支援が必要な患者さんは、こちらの病棟に移っていただくようにしています。その後、できるだけ在宅に戻すように努めていますが、戻ったときの家族の介護に対する不安を取り除くことにも取り組んでいます。具体的には、家族の方を病院に招いて、吸入の指導や体位変換の練習などをしていただいています。

 また、手が足りませんので当院の患者さん限定ですが、訪問看護室から医師や看護師が訪ねていくようにしています。お家に戻す以上、できる範囲で関わりを持ってその後の状態を把握する。これも病院としての責任のひとつだと考えています」。

 住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの実現に、病院が果たす役割は小さくありません。

健診による早期発見そして治療。 特に増加する糖尿病や 生活習慣病対策に万全を尽くします

─疾病の早期診断・早期治療もテーマですね。

 「当院の健康管理センターでは、静岡県中部地区を中心に年間約5万件の人間ドック、健康診断、保健指導等を実施しています。自分の健康状態に気を配ることは、健やかな生活のためにとても大切なことです。特に現代では、食生活の欧米化や生活環境の変化により、糖尿病や脂質異常症等の生活習慣病が増加しています。健康診断の結果において、身に覚えのある方も少なくないと思います。しかし、日常生活にほとんど症状が出ないため、放置していたり十分な治療を受けない方が数多くいるのが現状です。糖尿病は、血管障害、腎臓障害、網膜症、神経障害などの合併症を引き起こし、自己管理を怠ると、その後に狭心症、脳梗塞、足壊疽(えそ)になるなど、重大な事態を引き起こします。それを放っておくのは、とても危険なことです。しかし、清水区内にはこれら疾患に対し専門治療をする病院がありませんでした。そこで当院が、平成21年4月に、急増する患者に対し、効率良く高い効果を得るための糖尿病・生活習慣病センターを開設させました。糖尿病専門医と日本糖尿病指導料指導士(看護師・臨床検査技師・管理栄養士)を育成し、専門的治療と食事療法、運動療法、薬物療法を組合せ、また定期的な血液検査、尿検査、心電図その他AGE検査を実施しております。医師やコメディカル等の指導担当者らがチームとなって、個々の患者データを管理共有しながら治療と指導にあたる。当然、治療効果も向上しています」。

       ◆

「休みの日は、ネットで囲碁の対戦を楽しんでいます。囲碁自体は十数年前からの趣味ですが、対面での勝負となると、ついつい熱くなってしまいます。せっかくのオフの時間がそれではもったいないですから、今では、ネットでの対戦がもっぱらです。腕前は、4~5年くらい前で6級くらい。次の一手を根気よく読めなくなっている今では、それより3級くらい下がっているんじゃないかと思います。でも、それでいいんです。暇な時間をつぶせる趣味があることが、大切ですかR」。

 オフと言っても、島田院長は週4回の院長外来を行っています。高齢者の脳梗塞や肺炎、感染症など、広く診ていますが、心構えは「あの27歳の時の白血病だった患者さんと向き合っているときと同じ」なのだと言います。