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山之上 弘樹

医療法人 沖縄徳洲会
静岡徳洲会病院 院長

『がん回廊の朝』の医師たちに 魅せられました。

─医師を目ざしたきっかけがあれば教えてください?

 「丈夫そうに見えますが、子どものころは、なんだかんだと病院や診療所のお世話になることがよくありました。だから、知らずのうちに、医師に対する何らかの思いを持っていたのかもしれませんね。そんな私が、中学生になって手にした一冊の本が、柳田国男氏の『がん回廊の朝』。がん治療の黎明期に、患者を苦しみから救うために寝食を忘れて研究、治療に没頭し、早期発見などさまざまな成果を挙げていくドキュメンタリーです。国立がんセンターを舞台に、がんと闘う医師たちが戦士さながらに描かれていました。『こんなかっこいい仕事があるんだ』と思ったことを、今でも覚えています。

 実は、小学生の頃から星空を眺めることに飽きない子で、天文学者となって宇宙のすみずみまでを見てみたい。その不思議を探るために、いつかはJAXAみたいなところで仕事をと望んでいました。天文学者か医師かで悩んだ時もありましたが、最終的に選んだのは医師。その根本には、あの本から受けた衝撃があったからだと思います」。

 宇宙と人体。ともに遙かなる未知の領域ですが、まだ解明されていない世界への挑戦が、山之上先生の性分なのでしょう。

仮説を立てて検証し、治していく。 だから内科が自分に向いています。

─内科を専門としています。

 「選ぶのなら内科かなと在学中に思いましたが、はっきりとした選択ができませんでした。十数年前にできた初期研修制度のおかげで、今では、卒業後に現場での経験を通して自分の適した専門を選ぶことができるようになっています。しかし、当時、そのような研修を行っていた病院は、徳洲会グループと沖縄県立中部病院だけでした。そこで、湘南徳洲会グループの研修プログラムに応募し、内科、外科、小児科、産婦人科をローテーションで経験したのです。どの科も楽しくて最後まで迷いましたが、結局、最初に感じたとおり自分に向いているのは内科と、決めました。その理由は、私にはお腹を切るという判断はできないなと思ったからです。情けないようですが、それが私の決断です」。

 内科を選んだ理由が、もうひとつあると言います。それは「患者さんの症状に対して仮説をたて、検証を繰り返しながら治していく過程がおもしろいから」。まるで天文学のようです。そして、それは、山之上先生の『がん回廊の朝』のようでもあります。

縁の下の力持ち、 院内感染対策も専門です。

─院内感染対策も先生のフィールドだと聞いています。

 「一般内科の看板をさげていますが、院内感染対策も研究、経験してきた分野で、こっちの方が本当の専門だと思っているくらいです。新米時代に、『院内感染対策ができる医師が誰もいないから、やってくれ」と上層部から命令が下りてきたことがきっかけですから、もう20年以上も関わってきています。

 感染症の原因は細菌やウイルス、カビなどだということはご存知でしょう。その感染場所は、一般的には通学・通勤など、通常の生活の中です。菌などに狙われやすいのは抵抗力や免疫力が低下している人ですが、この条件に該当する人が特に多く集まっているのが病院です。病気ではない普通の人にとっては何のことはないような菌でも、抵抗力の落ちた入院患者さんたちは油断できず、感染が起こりやすくなっています。そのようなことがないように対策するのが、院内感染対策です。

 私は、これまで15ヵ国の病院、施設を訪問して、現地の担当者と直接会って感染対策を体験してきました。そんな現場から得た最新情報を、さまざまな人の力を借りながら国内の多くの施設に生かし、その成果を国内外の学会でも発表してきています。治療を受ける病院で病気になることなど普通は思いもよりませんから、何事もなくて当たり前。万一何かあったときの責任はこちらと、すこし割り切れない不条理さと向き合いながら続けてきました。見えないところで院内の平穏を守る、縁の下の力持ちの役回りですが、それもまた面白いかなと、結構気に入っています」。

 診療科としては存在しない院内感染対策ですが、とても大切な医療の一環だと考えています。

決定的なミスと、 その時誓った心構えがあります。

─心に残った患者さんがいるようでしたら?

 「その方は不思議な経過でした。食欲不振で入院、点滴をすることで改善し退院していく。そして、それを何度も繰り返す。その何回目かの入院のときでした。発熱で病棟よりコールがあって行ってみると、顔色も冴えず布団を被って震えていました。体温は39度。指示を求める看護師からのプレッシャーの中、考えた末、とりあえず熱を下げようと座薬を使用しました。その数時間後に意識障害が表れてしまったんです。これは私が医師1年目の2ヵ月目に経験したことです。原因は座薬のボルタレンで、血圧低下時に使ったことで腎臓に障害が出てしまったのです。今なら、その患者さんを診た瞬間に敗血症ショックと判断できますが、経験の無さから決定的なミスを犯してしまいました。もちろん上級医による集中治療室での治療で患者さんの症状は改善できましたが、医師の出発点から大量の冷や汗ものです。その後、さまざまな検査で、比較的珍しい副腎不全をともなう尿崩症と判明しました。その検査の中のひとつに、2時間患者さんに付きっきりで血液検査を繰り返す三者負荷検査というものがあります。患者さんといろいろ話している時に、その方はこう言ってくれたのです。『集中治療室で目が覚めたとき先生がいて嬉しかったよ』って。新米医師で何もできないダメダメ研修医でしたが、繰り返す入院の中で、必死に助けようとしていたことだけは見てくれていたようです。患者さんの前で涙を流すのを、よく堪えられたものだと思います」。

 新米の時の恥ずかしい話です。もっと格好の良いエピソードもあるでしょう。しかし、先生にとっては『一生、一所懸命にやらないといけない』と心に誓うことになった、忘れてはいけない出来事なのです。

患者さんの話を聞くことが、 医療の技術と同じくらい大事です。

─今までの経験から、

若い医師に求めることは?

 「患者さんやそのご家族から、『先生に診てもらえてよかった』と言っていただけるような医者になって欲しいと思います。大切なことは、患者さんと向き合い、しっかり話を聞くこと。その上で、相手の思いをくみ取らなければなりません。私もそうでしたが、若い頃は目の前に積まれた大量の仕事をこなすことに精一杯で、そんな余裕はないでしょう。でも『患者さんの思いをくみ取る』ことを頭の片隅に置き、忘れずにいてほしいと思います。高齢者や末期がんの患者さんに、どこで、どんな最後を迎えていただくことが一番幸せなのか。ご家族の望みはどうなのか。その気持ちにより添うことは、医療技術と同じくらい大事なことなのです。医師はたくさんの経験値を積むことで成長していきますが、『患者さんの思いをくみ取る』ことを忘れずにいれるかどうかで、その後の成長は随分変わると思っています」。

 患者さんの話こそ、医療の原点、出発点だと言います。

急性期から慢性期までの シームレスなケアと、 早期発見・予防に力を入れています。

─静岡徳洲会病院の特徴は?

 「当院は24時間365日対応可能な救急外来、急性期病棟、さらに療養病棟、障がい者病棟を持つケアミックス型での病院です。療養病棟があるため、急性期の病棟での期間的な感覚は、急性期だけの病院に比べて緩やかだと思います。また特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホームを関連施設に持つことも当院の特徴だと思います。例えば当院に通院されていた方が、さまざまな事情で通院困難となった場合には、在宅患者さんとして訪問診療を行っています。これらの体制により、急性期から慢性期までの継続性を保つことができ、患者さんをシームレスに診ていくことができるのです。

 その他、一般の急性期を扱う病院ではなかなか受け入れてもらえない入院透析、連携法人の関連施設への訪問診療も実施していますし、健康管理センターではPETーCTを含む人間ドックや健康診断を行っています。がんの早期発見や生活習慣病の予防など早期に病気を見つけること、そしてそれ以前に病気にならないための地域教育は、とても重要ですしこの病院の使命であるとも考えています。早く見つけることで、がんであれば完治する確立が高くなりますし、生活習慣病であれば早期治療により将来の合併症を防ぐことができるからです。特に消化器系のがんについては、内視鏡を積極的に受けていただくことをすすめています。ただ検査をなるべく楽に受けていただくために、当院の人間ドックでの内視鏡検査では麻酔をかけて眠っていただいている間に行うようにしています。検査中夢を見ている方も多く、心身ともに楽なためリピーターの方も多くいます。

 各職種のスタッフが地域に赴いて行う医療講演会も開催していますが、これも病気にならないことの重要性を知っていただくためです。この講演会のテーマは、ロコモ(運動器症候群)や骨粗鬆症についてなど、毎回バラエティーに富んだ内容で行っています。また、事務職員による高額療養費や医療ソーシャルワーカーによる介護保険の講演なども日常に直結したテーマを行っているため、毎回、好評をいただいています」。

 地域の皆様に安心で安全、そしてクオリティの高いケアを提供しています。

地域に望まれて誕生した 病院としての恩返しを。

─これから目ざすところは?

 「総合病院がなく、病院を作って欲しいというこの長田地区の強い要望を受けて2005年に開院したのが当院です。ですから、当初から、多くの声にお応えするという使命を持って生まれた病院で、当然、その恩返しをしなければなりません。そのためには、総合診療を中心とした急性期をより強化し、地域の先生方からのご協力を得ながら、その要請にさらに応える必要があると考えています。

 地域包括ケア病棟の設置を行い、今後増加が予想される回復期の患者さんへの対応体制を整えることも、これからすすめていきます。残念ながら、緊急カテーテル治療などが必要となる超急性期の疾患は当院の守備範囲ではありませんが、この地域の人たちから「困った時に静岡徳洲会病院に行けば大丈夫。何とかしてくれる病院」と言ってもらえるような病院を目ざしています。

 また院内スタッフには、医師だけではなく全ての職種の職員に、院外での講習や学会に参加して、積極的に発表や論文の執筆をすることを課しています。自分たちが行っていることを院外に発信していくことは、とても重要です。自分たちのレベルアップにも繋がりますし、最終的には患者さんにもその成果が還元されるからです。2016年はいろいろな学会で多くの職種が30以上の講演発表を行いましたが、2017年以降もこれはさらに継続していくつもりです」。
病院のハード面そして人的なソフト面での充実により、地域貢献を深めていくそうです。

       ◆

─お休みの日は何をしていますか?
「街中では夜空が明るく、星空を見上げることもなくなりました。元来がインドア派なので、オフはほとんど家にいて、活字中毒ぶりを発揮しています。物理学者のリサ・ランドールの文献を読んだり、歴史、日本文化など、何らかの書籍を読んで過ごしています。最近ではライトノベルにも手を出していて、この間も三秋縋(みあき すがる)の『恋する寄生虫』を読みましたが、医師が良かれと思っておこなった治療が悲劇を呼ぶ結末には考えさせられましたね」。

 家が本で占拠されると奥様から注意されるそうで、最近では電子書籍も多いそうです。