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坂本 喜三郎

静岡県立こども病院 院長
日本心臓血管外科専門医認定機構 心臓血管外科専門医

病気を治したいから、医師になりました。

─どうして医師になろうと?

 「病気を治すことで社会に貢献したいという、いたってストレートなものでした。心臓外科を専門に選びましたが、脳神経外科と救命救急も候補としてありました。共通点は『命に直結』するということ。高校時代は柔道部、大学では医学部のラグビー部と根っからの体育会系ですから、目指すところもシンプルで分かりやすいほうが性に合っていたんでしょうね。

 昭和60年に卒業、国家試験にも合格し晴れて医師となりました。しかし、それだけで社会や患者さんに貢献できるものではありません。外科医ならば、手術ができるようにならなければいけない。仮に患者さんとお話しすることになっても、本当の実力が伴わなければ、その言葉は安心感を与えないでしょう。外科医にとって実力の裏付けとなるのは、手術のための基本技術や知識です。卒業後すぐの新米外科にできることは、手術の本番で使える確かな腕を磨くための努力。卒業後しばらくは、運針の技術に没頭していました」。

 やわらかな雰囲気が第一印象だが、思いのほか背が高く、体幹からあふれる迫力はなかなかのものです。柔道とラグビーのガチンコ運動部で鍛えてきたようですから納得ですが、体育会系なのは身体だけではありませんでした。

ゾウのぬいぐるみを練習台に 手術の技術を磨きました。

─腕を磨くというのは、具体的には?

 「卒業後しばらくは、手術に立ち合ってもただ見ているだけです。現場で糸を扱う機会もなく、そのままでは上達もない。自分で鍛えるしかありません。手術で余った糸をもらって帰り、結んだり縫ったりの練習です。練習台はゾウのぬいぐるみ(卒業1年後には結婚。奥さんのぬいぐるみです)。その尻尾を手術の部位に見立てて糸を結ぶのですが、余分な力が入ると尻尾を引っ張ってしまいます。本番の手術なら組織にダメージを与えていることになる。そうならないように、力の具合をコントロールしながら結んでいくんです。右手だけではなく左手でも。いろいろ体勢で。いつも万全の姿勢で結べるとは限りませんから、あらゆる状況を想定して結ぶ練習をしていました。象の尻尾が練習の糸でどんどん太くなってきたら、糸を抜いて、また結ぶ。その繰り返しです」。

 練習台となったのは象だけではなかったようで、坂本院長のお家のぬいぐるみには、いまだに糸が残っているそうです。

 「縫うことも外科医の基本作業です。縫う場所の組織の強さは?深さは?幅は?と、その状況に応じて判断しますが、思い描いたように針が動かないといけません。針先が自分の手先、指先と同じ感覚になっていないと手術はできないのです。このトレーニングには、ガーゼを使いました。ピンセットで針を持ち、1マス1㎜幅のガーゼの目を縫っていく。1マスが終えたら、次は2マス、その次は3マス…。思い通りの幅や深さを取って縫っていく。外科医って、半分は職人みたいなものなんです」。

 試合に出るために猛特訓が必要なように、手術台に立つためにはトレーニングは不可欠のようです。

医療は医師の力の範囲内で行うもの。 広げたければレベルを上げるだけです。

─どのようなレベルになればいいのでしょう?

 「手術を陸上の100m走として考えてみましょう。10秒台のタイムが求められるレースもあれば、1213秒台のレベルで競えるものもある。1415秒台でもというレースもあります。手術によって求められる技術レベル違いますが。問題は、そこに立つ外科医が求められるタイムを普段から出せているのかと言うことです。

 例えば、今行われようとしている手術には、100m12秒台の能力が必要だとします。ここに13秒後半のタイムしか持たない医師が出場してきてトラブルが起きたらどう思いますか?陸上のレースなら、がっかりされることはあっても問題とはならないでしょう。しかし、手術の現場では許されることではありません。

 この病院にも、若い先生が赴任してきます。その中には手術経験を持っている先生もいますが、腕前を見て、その程度によっては「もう一度、糸結びから練習するように」と話します。医療は、自分の持っている力の範囲、責任を持って行える領域で行わなければいけないものだからです。もし、その手術をする力がなく他の先生にお願いしたとしても、恥じることはありません。その時の自分の実力では、その症例は難しかっただけのことです。基本作業の技術が未熟なら、練習をして磨いていけばいいのです。練習でできないことは本番でもできません。練習でできていても本番では発揮できないことだってあるのです。本番で、必ずできるように努力することです。上達に魔法はありません」。

 坂本院長は、先天性心疾患を持っているこども達の手術に、年間300件以上も携わるスペシャリストです。スーパードクターとして取り上げられることが多いこの心臓外科医も、コツコツと反復練習を繰り返すことで、ここまできたのです。

ご両親の大変さを 実感できるようになって欲しい。

─技術以外に、必要なものは?

 「手術の際には必ず内容を説明し、それに伴うリスクを提示することになっています。インフォームドコンセントといいますが、患者さんに理解し納得してもらうための、とてもすばらしいシステムだと思います。でも、この説明が、人によってはリスクヘッジの手段で終わってしまう場合があります。例えば、リスク3%の手術であれば、当然『3%です』と提示しますが、その数字だけが冷たいデータとして伝わってしまったとしたら、どうでしょうか。その3%というリスクを、医師も共有しているのだということを、その説明で分かってもうことが大切です。それには、ご両親の立場を理解できるようにならないといけない。このような人間力を身につけることも、医師の腕も磨くことの一つだと思います。

 人間力のことは、医師だけには限りません。この病院に関係するすべてのスタッフにも、お願いしたいことです。ここは、病気を持ったこども、そのご両親やご家族にとって、最後の拠り所のような病院です。普通であれば、ここを訪ねることはなく、週末にみんなでショッピングモールに出かけていって1日遊んで帰ってくる。夜になったら「疲れてるんだから早く眠なさい」と、こどもへ小言のひとつももらすのが普通の親なんです。でも、ここに来るお父さんお母さん方は違います。休日を返上し、ここに来ています。大変なことです。この大変ということに、実感を持てるようになって欲しいと思います」。

 張り詰めた気持ちで頑張っている親の気持ちを落ち着けさせる、「大変ですね」のひと言。こちらには、魔法があるようです。

一人ひとりの点の力が、結ばれて線になり 時間をかけて包み込む。それが医療です。

─病院のHPで、「点をつなげて、生命の線を引く」とおっしゃっています。

 「一針を結ぶ。切った部分を縫っていく。点である一針を縫ってつなげることで線となります。外科手術は、『点をつなげて線を引く』作業の連続です。点が線となるのは、手術の現場だけではありません。そこにいたるまでにも、多くの点が線となって引かれています。子どもの病気に気がついた家族や学校の保健室の先生。その子を診察する開業医の先生。その先生の紹介により訪れた病院。その病院で診断をくだす循環器の先生。それに携わる看護師などの医療スタッフ。実にいろいろな方が点となって、パスを回してつなげてくれています。私の外科手術もフィニッシュではありません。術後のことをお願いする次の手に渡っていき、線は、さらにつなげられていきます。

 一人ひとりの点がつながって線となり、いくつもの線が集まって面となります。関係者みんなの力でつくられた面で、患者さんを安らかに包み込む。それも、瞬間ではなく時間軸を伴って包んでいく。これが、私たちの医療なのです。すごい医療というとスーパードクター一人が医療をすすめていくイメージがあるでしょうが、違います。医療はチームワークなのです」。

 病院には、一つひとつの点をつなげて線を引ける人が必要だが、院長として、その役割を果たしていきたいと話します。

個々の個性とチームワーク。 チーム医療はラグビーに似ています。

─チーム医療で最も大切なことは?

 「適材適所だと思います。大学時代にやっていたラグビーは、まさにそれが問われるチームスポーツです。小さくて回転がきく人、大きくて重い人、背が高い人、足の速い人、キックが上手な人。15人それぞれが異なる特性を持っていて、そのバランスが取れたときに初めてスーパーなチームとなります。その練習には全体練習と個別練習があって、全体練習では連係プレーを、個別練習では各自のスキルを磨くのです。

 チーム医療も、同じだと思います。個々がプロフェッショナルとして切磋琢磨して責任を持った仕事をしながら、一つのチームとしてスクラムを組んで患者に貢献していく。どんなに傑出したフォワードがいても、パスが回ってこないようでは得点できません。『点をつなげて、生命の線を引く』ためには、このチーム医療は欠かすことができないのです」。

 one for all all for one.一人はみんなのために、みんなは一人のために。ラグビーの言葉は、そのまま院長の考えでもあるようです。

 

人を大切にし続けられる。 そんな病院を目指していきます。

─これからどのような病院に?

 「『人を大切にする』で終わるのではなく、『人を大切にし続けられる』病院を目指しています。先ほどお話ししたように、医療は、その瞬間のものではなく時間軸を持って継続するものだと考えているからです。

 そして、ここで言う『人』とは、いろいろな方を意味しています。一つは、“患児とその家族”です。質の高い医療、安心できる医療、貢献できる医療を提供することで、“患児とその家族”を大切にし続けることは当然のことです。二番目は“患児を紹介してくれる、または地域で診てくれる方々”で、近隣の医師をはじめ、この病院の治療に関わりを持ってフォローアップしてくれる人たちです。紹介いただいた患児の治療やデータ報告などを、誠意を持って行うことが大切だと考えています。最後はこの病院の人たちで“患児のために共に働く当院の仲間”を指します。つまり、スタッフです。私は、外来に来ていただくときにも、入院していただくときにも、そしてどんな小さなことで連絡を取っていただくときにも、『暖かい気持ちになっていただける、人に優しい対応ができる病院』にしたいと思っています。そのためには、この病院のスタッフが患者さんに優しく接し明るい気持ちを持つことが不可欠です。そのベースとなるのが働く環境だと考えています。スタッフの心と体が健全でいられるための環境づくりに積極的に取り組んでいきたいと思います。

「休もうと思ったとき、リラックスできる時間は作った方がいいと感じたときには、スーパー銭湯に行っています。中でもお気に入りは、岩盤浴。暗い空間に音楽が流れ、瞑想するにはもってこいです。自分の頭の中を整理するための時間が必要なときもありますから、誰にも声をかけられることのない環境に身を置くことも、ときには大切です。そして、なにもないときにはあえて何も考えずにボーッとする。月に1回程度ですけどね」。

体育会系だけに、汗を流すのが好きなのでしょう。