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服部 清

静岡市保健福祉長寿局健康福祉部 健康づくり推進課
静岡市障害者歯科保健センター 所長 医学博士

上手に歯科診療を受けることができない。そんな方のためのセンターです。

─最初に、障害者歯科のことを教えてください。

「なんらかの理由から、近所の歯科医院では、上手に、そして安全に診療を受けることができない方たちのための歯科医療のことです。例えば、身体に障がいがあって診療のための姿勢が取れない方もいますし、自閉スペクトラム症の方にとっては、歯医者での音や匂い、目の前を尖った金属の器具がチラチラする環境は、苦痛そのものです。また、未熟児に産まれたために乳児の時から鼻などに管を入れられたりして、口周辺の診察に恐怖心が残っている人もいますし、てんかんや高血圧症や糖尿病などの病気や日頃飲んでいるお薬のために、一般の歯科では安全に受診できない人もいます。あまり知られていませんが、赤ちゃんから高齢者まで、障害者歯科を必要としてる方は多いんです」。

人口の約一割が、障害者歯科の対象者と言われていいます。私たちの静岡市であれば、約7万人が必要としている計算となります。

障害者歯科が、自分が果たすべき使命でした。

─障害者歯科を目指した理由は?

「私は、母が36歳の時の子どもです。当時では高齢出産で、『死産も…と言われた命。大切に』と育てられました。今思えば、母の思惑通りかもしれませんが、小さい頃から『自分の使命は』と自問自答していました。2代続く歯科医の家に生まれたことから周囲の説得があり、歯科大学に進みました。大学に行っても『自分の使命』探しを続け、高齢者の口腔ケアなどのボランティアなどをしていました。そんな大学6年生の時、父が所属する東京の中野区歯科医師会が、障害者のための歯科センターを開設することになったのです。障害者歯科の存在を知ったのは、その時のことでした。立ち上げに関わった父の話を聞いて、これだと思いました。この道に進むためには、歯科だけでなく全身状態に関しての知識や障がいのことについて学ばなければなりません。残念ながら、私の大学には障害者歯科に関しての講座がなく、大学院の歯科麻酔学科へ進学することを決めました」。

大学院での研究のかたわら、大学病院の研修生として地域の関連歯科医院のアルバイトなどで、歯科の一般診療の経験値を高めていきました。

最初はネットで包んで、関節を固めて治療していました。

─最初の患者さんは?

「大学院の研修医の時で、自閉スペクトラム症の子どもでした。じっと座っていれず、サポートの学生たちに抑えるように指示しました。体をネットにくるんで抑え、抑制具を使って関節を固めての治療。今思えば、とんでもないことですが、当時の私はそれが当たり前だと思っていました。全身麻酔による治療の方が良いと考えていましたが、『手で抑え込むのは抑制、薬で抑え込むのが全身麻酔』ということです。患者さんからすれば、いずれにしろ同意のない治療。治してくれるはずの医師は、信頼できない存在だったと思います。
『これでいいのか』と考え続けていましたが、大学院の卒業間近に、抑えずに診療できたケースがあったんです。患者さんとのコミュニケーションがしっかり取れていたからだと思うのですが、『これなら抑えなくても…』と外して治療することができました。抑制具を使わずに必要なら全身麻酔が、私の基本方針となりました。そのためには歯科医や歯科衛生士と患者の信頼関係が第一ですが、その前提として、場になれてもらうということも大切です。このセンターでは、新しい環境になじむことが苦手な自閉スペクトラム症の方などの場合は、すぐ診療室に入るのではなくプレイルームでの歯みがき練習などを行っています。それぞれの障がいにいろいろな配慮が求められますが、それと同等に個性の尊重も大切です。各人各様に思いやりをもって診療に誘導する必要があります」。

口の中の診療なのに、その口を開けてもらうまでに、とても時間がかかります。障害者歯科の診療は、口を開ける前から始まるのです。

歯科医なのに『口の中だけ』ではダメなんです。

─障害者歯科のことが分かってきたのは、いつくらいから?

「大学院を卒業後、父の医院で診察をしながら、中野区の歯科医師会が運営するスマイル歯科診療所の医局員として週1回の輪番制で障がいのある方の歯科診療を行っていました。その診療所で、私に障害者歯科の本質を教えてくださった2人の先生に出会ったのです。  一人は、神奈川県立こども医療センターの歯科部長を勤めていた池田正一先生です。先生は、常々、『口の中だけ診ていてはダメ』とおっしゃっていました。『口だけではなく全身状態も同時に診る』ことが大事だと思っていた私にとって、当然のことでした。しかし、先生の言葉は、さらに深いものでした。コミュニケーションをとれない重症心身障がいのある方たちが、いつもとは違う環境で、どういう気持ちになるのか?嗅いだことのない匂い、普段と違う照明、お母さんの声も緊張でこわばってきます。こんな状況では、患者さんがなにより頼りにしている家族を落ち着かせなくてはなりません。『口の中だけ診ていてはダメ』というのは、『家族の思いまで考え、その人の背景を含めて思いやれるようになりなさい』という意味だったのです」。

我流だった障害者歯科でしたが、この出会いにより、心構えのイロハから教えていただいたようです。その後、池田先生のもとで研修医として2年間みっちり鍛えてもらう道を選びました。

歯科診療を、社会制度に組み入れなければ…。

─もう一人の先生というのは?

「当時、昭和大学口腔衛生学講座で摂食嚥下機能の研究していた向井美惠(よしはる)先生で、摂食嚥下機能についてだけでなく、社会制度の仕組みの重要性を教えていただきました。診療が仮に月に1回だとしても、患者さんにとって食べるという行為は毎日のことです。それを支えているのが、家族や学校の先生、施設の方々です。その人たちに、口腔保健の大切さやサポートのあり方などを広く伝えていかなくては、患者さんが安全に食べ続けることはできません。治療だけが治療ではないということです。福祉との接点を幅広く持ち連携していくことが、歯科診療にとってとても大切だということを学びました。群馬県にある国立のぞみの園に勤務した時に、この教えを痛感しました。
のぞみの園は、重度の知的障がいがある方々のための日本で初のコロニー的な入所施設で、私が勤務したころは、入所者は平均50才くらいでした。その前に勤務していたこども医療センターでは、『この子たちの30年後、50年後の口はどうなっているんだろう?』と不安に思っていましたが、その答えを、のぞみの園で否応なく見せつけられました。『歯科が介入しないと、障がいのある高齢者の口はこうなってしまう』という現実がそこにあったのです。向井先生が唱えていたように、社会制度からの組み立て、行政の介入なくして障害者歯科は前進しないと改めて確信しました」。

大学の同級生のメーリングリスト経由で、新しい転機となるメールが送られてきたのは、このタイミングでした。

 

口の中だけではなく、 まちづくりまでの計画でした。

─一通のメールが、静岡に来るきっかけに?
「平成15年のことです。静岡市行政が歯科のセンターを作るということで、そのセンターで障害者歯科を担当できる歯科医を募集しているというメールがきたんです。公募しているのは、静岡市役所の保健衛生部の健康づくり推進課。その計画は、障がいのある方の歯科診療だけが目的ではなく、障がいのある方の歯と口の健康支援や、生活支援者の負担を少なくするための様々な啓発や研修、さらには、障がいのある方が近くの歯医者さんに通えるような環境づくりなど、障害者歯科の環境を整えたまちづくりまでを視野に入れたものでした。一も二もなく手を挙げました」。

行政の力添えの必要性を痛感していた服部先生にとって、天啓のような公募だったようです。

4つのミッションからスタートしました。

─スタート時に与えられたミッションは?

「静岡市にある歯科医師会から要望がありました。内容は、診療、保健、研修、そして連携の4つです。診療は、障がいのある方などの歯科診療で、当然の話です。保健は、歯と口の健康(健口)を守り保つことで、おもに予防についてのこと。私は、当初から、ライフステージごとに健診をやっていきたいという考えを持っていました。研修は、歯科医師や歯科衛生士などの歯科関係者だけでなく、家族の方や施設の職員さんなど、この地域でサポートに関わる方々すべてを対象にしていきたいというものです。連携は、歯科医師会はもとよりですが、医療や福祉、教育の方たちをはじめ地域全体との連携をとっていこうと、拡大解釈して捉えていました」。

平成17年に、障害者歯科保健センターが開所。市民(地域歯科医療、福祉、家族、そして障がいのある方々)と行政との二人三脚で、今までになかった試みが始まりました。

点から点に。そして面へと。少しずつ広がっていると思います。

─一昨年、センターは10周年を迎えましたが、現状は?

「まず保健活動ですが、待ちの姿勢ではなく、こちらから施設に出向くというスタンスを取っています。障がいのある方が通所などで利用している施設に、こちらから出かけて歯科健診や保健活動をしています。それらの目的は、かかりつけの歯科医を持つことの大切さを知ってもらうことです。また、出かけていった先で利用している方々の歯科に対する協力状態を見極めて、地域の先生にお任せできそうだと判断できたら、段階的に、開業されている歯科医の先生たちに健診を、また保健活動は歯科衛生士会に委託をお願いするようにしています。どのような触れあい方であれ、地域の歯科医の先生方や歯科衛生士の方に一度、障がいのある方々との接点をもっていただくことが大切だと考えているからです。冒頭でお話ししましたが、静岡市には障害者歯科を必要とする方が約7万人いると想定しています。私たちの手ではとても足りません。どうしても、地域の歯科医の先生方や歯科衛生士の方のお力が必要です。しかし、いきなり診てくださいといっても難しい。委託保健事業が、その第一歩となればと思います。今では、私たちが行く施設、歯科医師会にお願いする施設、そして歯科衛生士会にお願いする施設と、分担して保健事業を行えるようになってきています」。
それだけでなく、委託で診た利用者さんを『この方々なら、医院に来てくれれば診ることができますよ』と言っていただけるケースもでてきているようです。「歯科医師、歯科衛生士など歯科医療の従事者向けの研修は、市内の福祉関係者などを講師として招いて、昨年度から3回コースで行っています。また、施設の職員や学校の教職員など、障がいのある方々の生活を支援してくれる方に向けての研修も行っていますが、口腔保健の重要さや歯みがきの方法だけのものではありません。人にみがかれるとどんな痛みがあるのかを実際に知ってもらい、良かれと思っていた歯みがきの方法を見直すきっかけにしてもらうなどの工夫をしています。もちろん、ご家族向けの研修は市内にある特別支援学校で行いますし、いこいの家などの療育施設でも積極的に実施しています」。

障害者歯科という点を、その次の点に繋げていき、地域全域という面に広げていく。これがセンターの考え方です。

20万人に一つのセンターができればなあ…

─今後のことは?

「このセンターの基本理念は、障がいのある方、そしてそのご家族が歯や口のことで困ることがなく、健やかに暮らせるまちづくりを目指すことです。一握りの歯科医の奮闘だけでは、この目的は現実化できません。時代の要請からか、最近では地域包括ケアの話題が盛んです。高齢期という最後のライフステージを地域で支えようという考えは素敵な発想だとおもいますが、高齢にならなくても困っている方は周りにたくさんいます。障がいのある方々は、年齢に限らず、ずっと何らかの困りごとを抱えているのです。そういう意味では、障害者歯科の充実も、地域単位で取り組まなければならないと思います。  私が師事した池田先生は、40年も前から『20万人単位に最低1つのセンターを』と唱えてきました。静岡であれば、3行政区に各一つずつ。そうなれるように尽力し、周りに理解を求めていきたいと思います」。


ゾウやカバやワニのイラストが描かれた診療着が、このセンターのユニフォーム。なんでも、『太い眉にはっきりした目鼻立ちの服部先生を見て子どもたちが怖がらないように』という歯科衛生士さんの発案だそうです。
ナイスなアイデアだと思います。